唄三線のある日常。        愛器「二つ星小」          (たーちぶしぐゎー)。         


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難しいことを考えてはいるが。

「沖縄の民謡は…」
「沖縄が、今抱えている問題は…」
「今の曲の、この部分の音程は…」
「沖縄の人が歌うのと、本土人の私が歌うのでは…」

などと難しいことを考えて、
ブログにも書いたりしているわけですが
私の中には、今までの音楽人生の中での
基本的な考えがあります。
だから、案外楽観主義者です。

ジャズの演奏は、そのほとんどが「アドリブ」です。
演奏したフレーズは、もう戻ってきません。
「二度同じ演奏をせよ」
と言われても、無理です。(私は、です。中には完璧に再現できる人もいます。)
自分が出した音は即座に空中に消え、
流れている音楽に身を委ね続けるのです。
いちいち「ここでミスった」「あそこでミスった」などと気にしていては
流れに乗るのに、支障をきたします。
不思議とそういう空気はお客さんにも伝わり、全然楽しくありません。

音楽を人前でやるかやらぬかは
その人次第でしょうし、どんな楽しみ方があっても良いのですから
「人前ではやらずに、自分一人で弾いているのが好き。」
こういう楽しみがあっても、いいわけです。

しかしながら「音楽を人前でやりたい」
こう思っている人は、あまり細かいことにこだわらないほうが
上手くいく場合があると考えています。

場当たり的な、出たとこ勝負、
さらにはある種の「いい加減な遊び心」
豪胆さ、さらに少々の事では動じない余裕。

こういうものが「人前で音楽をやる人間」には必要なのではないか。
そう、思うわけです。
さらに、私の考えではこういう気質の人がやる演奏は
ジャンルを問わず、魅力的でさえあります。

ベース弾きながら
「昔のベースの巨匠は…」
などと、私は考えたこともありません。
音の渦の中で、気持ちよく身を委ねるだけです。
ちまちま考えながらやる演奏など「粋ではない」のである。

あわせて語ってしまい、恐縮ですが
ジャズも民謡も「楽しむため」の音楽である。
そして「笑う」ための音楽でもある。
「雑草精神」「ある種の胡散臭さ」「懐の深さ」
「遊び心」「洗練と、泥臭さ」
こういう面も、あると思うのである。
そこできらりと光るのは「粋さ」なのではないだろうか。
「粋でないジャズ」「粋でない民謡」
これほどつまらないものは無いだろう。

唄の発音など、それこそ真剣にやれば
「一生勉強」だろう。音楽に「完成」など無いのである。
もしあったら、サザンオールスターズがあんなに長くバンドをやっているだろうか。
北島三郎は、あんなに長いこと歌っていられるだろうか。
だったら、乱暴だが
どれほど練習しても生きている間に人に披露する音楽は
「どれも出来損ない」なのだ。
どうせ「出来損ない」ならば、堂々としていた方が良い。
ちまちま考えるよりも、楽しんだ方が幸せである。
人前でやるときだけは。
by niraikanai76 | 2006-03-10 01:32 | 唄三線