唄三線のある日常。        愛器「二つ星小」          (たーちぶしぐゎー)。         


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酔狂歌人、大阪へ行く。③

<三線アゲイン>

漆畑さんのご自宅近くのレストランで早い夕食です。
その後、再びご自宅にお邪魔させていただいて
三線を拝見させていただきました。

私が興味を持ったのが
「漆畑さんの初代三線」です。
この三線。1978年に、照喜名三味線店で購入されたそうです。
今から、28年前です。
漆畑さんが照喜名三味線店の店主さん(お父さん)に
「これはいついつ購入したのですが、息子さん(朝榮さん)が作られたのですか?」
と以前尋ねられたことがあるそうです。
で、店主さんの回答は「その頃ならば、おそらく息子のだろう」
だったそうです。
あくまでも「おそらく」ということでお話を進めます。

私の三線も照喜名朝榮さんに作っていただきました。
…ということは、1978年製と2005年製の
おそらく同じ職人さんが作ったであろう2艇の三線を
それぞれ見比べることが出来るわけです。

で、見比べてみると…
私の三線の方が、「顔」と呼ばれる部分の両サイドが少し絞られたような
形をしており、シャープな印象を受けます。
漆畑さんの真壁の方は、私の三線のように顔の両サイドは絞られておらず
繊細で優しい印象を受けました。
どっちが良い悪いという話ではなく、
このように同じ作者(ひょっとしたらちがうかもしれません。でも同じ三味線店です。)
の三線でも製作された年代が大きく違うと、形も少しですが違う。というお話です。


<民謡酒場 でいご>

大阪市大正区。
ここにこの民謡酒場は、あった。
ガラガラと漆畑さんがお店のドアを開けると
そこはもう満員状態。
あとでうかがったのだが、この日はこのお店で
「おじいちゃんの90歳のお祝い」で来られているご家族がいた。
このお店のキャパを考えれば、ほとんど「団体客」である。

私達がお店に入ったときには
年配の男性が、ステージ上で「ヒンスー尾類小」
を歌っていらっしゃった。見事な唄である。
ボーっと聞きほれてしまう。

これも後で店主にうかがったのだが、
実はこのステージ上の人は沖縄民謡のCDにも名前が載っていたり
民謡の曲を作詞されておられるようなすごい人なのであった。

その後、この方はステージ上で
「ナークニー~山原汀間当」や
早弾きの曲を連発。お客さんはみな踊っていた。
泡盛と、食べ物は山羊の刺身とフーイリチーを注文。美味しかった。

さらに、店主が登場。
太鼓の前に陣取り、バチを手にしていた。
「見ていてください。すごい太鼓を叩きますよ」
と漆畑さんが教えてくださる。

店主の太鼓は、それはすごかった。
所々でバチできめのポーズを入れている。
さらに、リズム感がすごい。まるでジャズドラマーである。
さらに…ものすごい勢いで叩く叩く! 締大鼓が壊れるのではないかと思った。
見事に音と視覚で、お客さんにもアピール。そして何より、唄三線を華やかに彩っていた。

と、さらに「90歳祝」の主賓であるおじいさんが登場。
なんと他のお客さんと2人で「かじゃでぃ風節」の地方をされた。
踊り手は女性二人。おじいさんのご家族のようだ。
素晴らしい「かじゃでぃ風節」である。
かくしゃくとしておられ、味のある演奏だった。
今は「沖縄のおじいさん」よりも「大坂にいらっしゃる沖縄出身のおじいさん」
の方が元気なのかもしれない。など考えさせられてしまう。

その後、店主の依頼で漆畑さんがステージに。
店主は「とぅばらーまお願いしますよ」と声をかけている。
この漆畑さんの「とぅばらーま」。最高である。
その後、また店主に請われて「小浜節」を歌われた。
後から漆畑さんは「ここで、八重山はなぁ…」と
おっしゃっておられましたが、私はとても良い唄を聞かせていただき
大変嬉しかった。
他のお客さんも「あんた八重山の人でしょ?」
などと漆畑さんに尋ねておられた。
それだけ、周囲の人に印象付ける唄だった。

その後も店主ご自身の演奏や他のお客さん、
さらにはお弟子さんでしょうか、若い女性の方(女の子。というような年齢に見えました。)
などの演奏で「谷茶前~伊計離り節」「加那よ」など。女性のお客さんの舞踊付きである。
ずいぶん楽しい思いをさせていただきました。

ここで、私は大変貴重なことを勉強した。
人に聞かせる歌。楽しませる唄。
そんな唄は、たぶん「フレッシュな唄」だと思うのだ。
実際、ここの民謡酒場に流れていた民謡は全て「生きた唄」である。

練習や自分ひとりでやる唄。
これは「生きた唄」を人前でやるには避けて通れない「練習」ではあるけれども
あまり「フレッシュ」ではないような気がする。

ステージで、楽しい思いをするためには「練習」は避けて通れないだろう。
しかし、練習ばかりしていても何だかバランスが悪いような気がするのだ。
昔ベースの師匠に言われたのは
「一週間の自宅練習よりも、一度のライブの方がはるかに勉強になる」
というものだった。
「勉強になる」ということを除いても、やはりライブは楽しい。
「楽しい」。それがいつだって、一番なのだ。

ベースをしていたときには、バンド仲間がいた。ライブがあった。
「一人で練習していると、行き詰る」ということも、あまりなかった気がする。
この時期には音楽との接し方において、バランスが取れていたんだなぁ。
と、今になって気付いた次第だ。

唄三線を始めて2年半と少し。
これからは「いかにして人前で披露して、自分の楽しみを広げていくか」
ということが課題になりそうである。

この民謡酒場に来て
「自分も楽しく、他人も楽しめる民謡」
というのがどういうものか、少し知ることが出来た。
大きな収穫である。

恐縮にも漆畑さんに宿泊先まで送っていただき、
大坂の夜はふけていった。
by niraikanai76 | 2006-03-21 22:40 | 唄三線