唄三線のある日常。        愛器「二つ星小」          (たーちぶしぐゎー)。         


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好きと嫌いは紙一重

夫婦の話題ではありませんので(笑)。

あなたのお好きな曲は何ですか?

高校時代、私は吹奏楽部に所属していました。
パートは「アルトサックス」でした。
高校の吹奏楽には「コンクール」というものがあります。
これは、沖縄民謡や古典の「コンクール」とは一味違います。
なんといっても、「優劣」をはっきり決められてしまいます。
金銀胴。という各賞があり、県大会や全国大会に行けるかどうかを
多くの学校は、争うわけです。
高校野球の予選に近い。と考えていただければ、分りやすいかもしれません。
部門にもよりますが、課題曲もありましたし自由曲だけでよい。という場合もありました。

1994年夏。
私は高校3年生でした。
この年で、私の吹奏楽部での現役生活も終わりです。
この年の我が校吹奏楽部は
「創立以来、初の受賞」
を目標にしていました。

コンクールの地区予選でも「金賞」を受賞した学校のみが
「県大会」に進めます。その県大会の中でも、さらに「金賞」ですと
全国大会にいけます。全国大会で「金賞」というのは、とても難しいことなのです。

とりあえず、この年は部員全員で「県大会出場」という目標を掲げました。
全国大会には及びませんが、一度も地区予選で受賞したことの無い学校が
「県大会」に出場するのは、大変なことです。

部員全員で決めた自由曲は
「アパラチアン序曲」
という曲でした。

この夏の事は、今でもはっきり覚えています。
誰が言い出したわけでもなく、部員全員
始発の電車で学校に行き、終電車近くまで練習。
それも「アパラチアン序曲」という曲ばかり練習です。
日中の「合奏」の時間など、顧問からどんどんダメだし。
さらにそれを夜の自主練習で手直しの練習。

毎日毎日「アパラチアン序曲」の繰り返し。
これが春先から、夏の間。ずっと続きました。
部員はCDウォークマン(当時はMDはありませんでした。)
で、これまた毎日「アパラチアン序曲」を聴いていました。

そのうち、部員からはこんな声が聞えてきました。
「もう、楽譜は見ないでも吹ける」
「音楽を聴くというと、アパラチアン。音楽=アパラチアン。ですよ」
「アパラチアンばかりで、辛い。精神的に。たまには違う曲も吹きたい」

沖縄民謡の「工工四を見なくても。三線が弾ける」
というのと、吹奏楽でいう「楽譜を見なくても、吹ける」というのは
ものすごく違いがあります。曲も長いですし、指示記号も多いのです。
吹奏楽で「暗譜」というのは、すごいことです。

こんな風にして、1993年の夏は過ぎ去りました。
結果は、地区予選「銅賞」。でした。
惜しくも、県大会には行けませんでしたが、
受賞歴の全く無い学校にしては、たいしたものだと今でも自画自賛できます。

部員は最初、みんなで「アパラチアン序曲」にしよう。と決めました。
皆の、大好きな曲でした。
でも、毎日毎日練習するうちに
「何だか、アパラチアンが嫌になってきた」
みたいな雰囲気もありました。
無理もありません。日々、朝から晩まで「アパラチアン序曲」です。
いくら好きでも、みんなこの曲を嫌いになってしまうのではないか。
というくらいに部員全員が密着していた曲です。
「もう、おなかいっぱい」という感じです。

…そんな高校時代も終わり、そして今。
ためしにサックスを出して吹いてみましたが
楽譜を見なくても「アパラチアン序曲」が吹けます。
あの懐かしい「コンクールの夏」から11年。
あんなに何度も練習したこの曲は、今でも体が覚えています。
そして、悪友とのことや当時はまだかわいかった嫁さんの事。
そのほかにも合宿の楽しい思い出が、心の中に
どんどん蘇ってきます。

今までの音楽人生で
この時ほどひとつの曲を練習したことなど、無いでしょう。
好きな曲も、嫌いになりかねないくらいの「練習」。
本番の舞台では、皆がほとんど「暗譜」の状態。
コンクールですから、それは真剣なのですが
私は「皆と、音を合わせている」という快感に
身を委ねていたことを、今でも覚えています。
この「音を合わせる快感に身を委ねる」というのは
ちょっとやそっと練習したくらいでは、味わえません。

「皆が暗譜するくらいに練習した」からこそ、味わえたのだと思います。
私はこの後、JAZZに転向していくのですが
この時の経験が、大きく役立っています。

今でも、この時の部員全員が集まれば
すぐに「アパラチアン序曲」が出来ると信じています。

好きな曲でも、嫌いになりかねないくらいの練習とはどういうものか。
楽しむためには、苦しまねばならない。
好きなものでも、嫌いになるかもしれない。でも、結果もっと好きになるかもしれない。
そんなことを、しらないうちに勉強していたのだなぁ。
と思いながら、記事を書きました。

そして今…私の沖縄民謡を練習する姿勢は、当時の私にはとうていかないません。
「そんないい加減に練習して!!」当時の自分や部員に怒られそうです。
でも、いいんです。社会人ですし、長いスパンで考えてますから。
でも「ひとつの曲を、極めてみたい」という当時の部員全員の姿勢は
今の私も見習うべき姿勢です。
三線の音が、嫌いになっちゃうでしょうか。
いや、殻を破ってもっと好きになるであろうことはもう分っているんですが…。
by niraikanai76 | 2006-03-26 22:47 | 三線独学のススメ