唄三線のある日常。        愛器「二つ星小」          (たーちぶしぐゎー)。         


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一瞬で、沖縄に

今日、いつもの通り
浜で三線の練習をしてきました。

いつもと違う、何かがいつもとは違っていたので
記事にしたいと思いました。

夕方6時
空が暗くなるかならないか位の時間に
浜に行きました。
この時間、
はるか西の、箱根のほうに
夕日が沈んでいくので
とてもきれいな光景が見られます。

どっぷり日が暮れたので
私はいつものように三線を弾き始めました。
9月半ばまでに、できるようにしなければならない曲が
数曲あるので、それの練習をしていました。

私が練習している場所は、浜の上の護岸された場所なので
土日ともなると、夜までバーベキューなどをしているグループが
ちらほら、います。
今日も、何組かそのようなグループがいました。

私が三線を弾いていると
私の後ろを、何度も行ったりきたりしている
若者2人組みが…
まだ、10代後半か20代前半くらいでしょうか
3往復くらい、していたと思います。

その若者2人に
声を掛けられました。
しゃべり方で、明らかに沖縄の人だと思いました。
「沖縄の人ですか?」

沖縄の人間ではないことを説明すると
若者の一人が、このようなことを
話し始めました。

「僕たちは、沖縄出身です
向こうで、5人で飲んでるんですけど
5人のうち、4人が沖縄の人です
一緒に飲んでいる先輩が
あそこで三味線弾いている人に
こっちにきてもらえ、食べ物も酒も
何でもあげるからっていって来い。
そうやって、いうんですよ。
一緒に、飲みませんか?」

もう一人も
「踊りたいたがってます。
お願いですから、三味線もって
来てくれませんか?」

こんな話になり
私は若者たちに
三線のケースやら、手荷物まで持ってもらって
この人たちのグループのところへ
遊びに行かせていただきました。

聞けば
このグループ
同じ会社の、仲間なんだそうです。
土曜日で、親睦のために浜に飲みにきていたようです。
5人のうち、4人が沖縄出身の方。
その「沖縄出身でない1人」とは、なんと社長だそうです。

私が弾いて歌うと、指笛や囃子
手拍子や踊りで、楽しんでくださいました。
私も、こんな状況で三線を弾くなどというのは
めったに無いので、本当に面白かったです。
一瞬で、沖縄に来たかのような気分になりました。

さらに驚いたのは
若者の一人。
周りにあおられて、「三線を弾け!!」
などと言われていました。
彼は、何度も「いいっす、おれは本当にいいっす」
と何度も断っていたのですが
私が三線を渡すと、三線を弾いてくれました。

この彼が、唄も三線も
べらぼうに上手だったのです。

若者2人は23歳、沖縄県南部のある青年会で一緒だったそうです。
三線を弾く方は、なんと両親に5歳の時に民謡教室に入れられ
20歳になるまで(こちらに来るまで)
ずっと唄三線をしていたそうです。
そりゃ~、上手いはずです。

エイサーでやるような曲から、
カチャーシーまで
ほんとに、上手でした。
彼に、私の三線を弾いてもらえて
本当にうれしかったです。
「すごいなぁ。自分の三線
こんなに良い音が、するんだなぁ」
なんて聴き惚れてしまいました。

このグループの沖縄出身の方で
一番の年長者が、Hさんという方でした。
このHさんが、一番うれしそうにされていました。
「島に帰ったような気持ちになった
ありがとうありがとう。ニフェーデービル!」
なんて、いわれてしまいました。
Hさんは、50代半ばくらいでしょうか。

三線上手の彼が三線を弾いて歌っているのに合わせ
沖縄出身の方々は、大騒ぎです。

それを、いただいたビールを飲みながら
眺めていた私に
社長が話しかけてくれました。

「Hさん、いい顔しているなぁ。
Hさんが、とてもまじめに仕事してくれるから
彼を慕ってやってくる沖縄の人たちを雇っていたら
気づいたら、沖縄出身じゃないのは
俺だけになっちゃってなぁ!」

なんて、大笑いしていました。

「Hさん、大変なんだよ
沖縄に家族を残してな、
こっちで働かなきゃならないんだな。
1ヶ月、有給休暇をあげるから
島に一ヶ月帰るように言ってるんだけど
言うこと聞かないんだよな」

人には、いろんな事情があります。
この社長の会社で
皆さんがどのような仕事をし
Hさんに、どんな事情があるのかも
私にはわかりません。

ですが
島に帰りたくても
帰れない(帰らない?)

そんな人たちの
楽しみの時間に
同席できたことが
私にはとてもうれしかったですし
三線上手な彼に会えただけでも
良かったです。

社長も
Hさんも
若い三人も
みんな面白い人たちでした。

私が浜に持っていった
一本の三線。
それで、こんなに
楽しそうにしてくれるとは。
とてもうれしかったです。

私が帰るときには
山のような缶ビールと
一瓶の泡盛まで、いただいてしまいました。
(帰りに、重すぎてビニール袋が破れてしまいました)

みなさん、ありがとうございました。
とても、良い時間でした。
by niraikanai76 | 2010-09-04 22:37 | 唄三線