唄三線のある日常。        愛器「二つ星小」          (たーちぶしぐゎー)。         


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「施設へ預ける=姥捨て山」の時代。

「自分の親を施設へ預けられるなんて…。姥捨て山と同じだね」
こういうことが語られていた時代があったようです。
おおっぴらに言われなくなっただけで、今でも少なからず
そういうことを考えている人はいるようです。

私は介護施設に勤めていますが
施設のお年寄りのご家族は、その思いも様々です。
(多くはお年寄りのお子さんです)

共通しているのは
「自分の親を施設に預けるなんて、
捨ててしまったみたいで心が痛む」
という思いです。

この思いを素直に語ってくださるご家族には
私の考えを聞いていただくわけですが、中には素直にこういう思いを
いえないご家族もいらっしゃるわけで。
そういう場合は大体において、施設や職員のクレームという
捻じ曲がった感情で表現される場合が多いです。
中には「ごもっとも」というクレームもありますが
そのほとんどは、正直「え~。言いがかりでしょう」と言いたくなるものが
多いのです。

ご家族からお年寄りを預かった我々は、ご家族との対話は
大変貴重なものです。

「本当ならば、自分の家で最期まで面倒を見たい」
それはその通りなのです。
ですが、それが出来なくなってしまったり
諸々の事情で在宅介護が限界に近づいてきたからこそ
施設入所を考えておられるわけです。
ですが、その「施設入所」もどこか後ろめたさがある…。
こんな複雑な思いがあるようです。

ムリして在宅介護を続けるとどうなるか…。
多くの場合は、親を大嫌いになってしまったり
ひどい場合には虐待にまで進んでしまったり…。
そういう弊害があるわけです。
こういう状態になるまで介護を続けたからといって
お年より(自分の親)が喜ぶはずもありません。

在宅介護の全てが「虐待や家庭内不和に繋がる」
といっているわけではありません。
在宅介護で問題の無い場合は、それはそれで幸せです。

家族が仲良くいられるように。
いつまでも大好きな
「親父」「おふくろ」「お父さん」「おかあさん」
「おじいちゃん」「おばぁちゃん」でいてもらうために。
そのために施設入所を選ぶのならば、
それは「親を捨てた」ということにはならない。と私は考えています。

家族関係を壊してまで、
在宅介護をする必要があるとは私は思いません。
「施設に預けた」のではなく「うちのおじいちゃんは、引越しをした」
こういう風に考えてみませんか?
他にもお年寄りはたくさんいらっしゃいますし、
お友達が新しく出来るかもしれませんよ。
心が痛む。とおっしゃるならば、無理のない範囲で
ご家族が面会にいらしてください。と。
私はご家族に対して、いつもこう話すことにしている。

「四六時中、要介護度4のおじいちゃんと一緒」
という状態で疲れてしまったのならば、日中のお時間のあるときに
面会に来てくださいね。どうかご家族が良好な関係でいられるような範囲内で
おじいちゃんに会いに来てあげてください。と。

さて…こんなことをご家族に話してしまう以上は
我々には「家にいるときよりお年寄りを輝かせる」という
責務が生じます。
この心地よい責任感。これが私の原動力です。
by niraikanai76 | 2006-04-10 22:45 | 介護のこと