唄三線のある日常。        愛器「二つ星小」          (たーちぶしぐゎー)。         


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嬉しいニュース

今日はもう更新はしない…
と思ったのもつかの間。

たった今、嬉しいニュースが。
私の携帯電話が鳴りました。
地元、所沢の友達です。

この地元の友達。
実は意外な友達なのです。

2005年9月。
私はいつもの公園で唄三線をしていました。
そこへ子供2人を乗せた自転車をこぐ男性が一人
私の唄三線を凝視しています。自転車は完全に止まりました。

私が「永良部百合の花」を歌い終るのを待って
その男性は私に言いました。

「こんなとこで、何してるばー?ウチナーンチュ?」

年齢は私と同じくらい。
精悍な顔立ちで、見るからに沖縄の人。

聞けば28才で、沖縄の南風原町から18才の時に上京。
そのまま埼玉で結婚されたとか。

酒が好き。音楽が好き。
そして何より、自分はやらないけど「故郷、沖縄の音楽を愛する男」
大城さんとの出会いでした。

その大城さんから電話です。

「今、沖縄に家族で帰ってるけど、何かお土産に買って帰ろうか?」
と言います。
私は、内地ではものすごく高い「ポークランチョンミート」をお願いしました。

久しぶりの電話だったので、お互いに近況報告します。

最後に挨拶して電話を切ろうと思ったそのときに
大城さんからこんなことを言われたのです。

「あのさぁ。今度、三味線教えてくんないか?」

事情を聞いて私は嬉しくなりました。
お正月で沖縄に帰り、
改めてお祝い事の風習や唄三線に触れ
三線をやりたくなったのだとか。

「自分はもう、沖縄には帰らないつもりだ」
そんなことを確か彼は言っていました。

出会ってから、彼の前で私は何度か唄三線を披露していますが
明らかに他の人とは聞き方が違いました。
私の唄三線は大して上手くありませんが、
彼はいつも「うんうん」と泡盛を美味そうにに飲みながら聞いてくれていました。
その目は、とても遠い目をしていました。

「南風原のことを思い出しているのかな」

そんな風に私は考えていました。

そして今日。
「実は今、サンシンヤーから電話している」
と言います。

一通り、私が沖縄に行ったときのお店の特徴をそれぞれ説明して
「あまり急いで買わないほうが、いいかも知れません」
とだけ言いました。

沖縄に帰って、今は沖縄の人間よりも内地の人間のほうが
真剣に沖縄の芸能を勉強している。そんな話を親戚の人から
聞かされたようです。
「自分は今、内地にいるけど、だからこそ沖縄にいたときには
分からなかった沖縄の音楽の良さが良く分かる」
と一念発起し、唄三線を始めてみようと思ったと話してくれました。

「せっかくよ。ウチナーンチュなんだからさ。」
と彼は照れくさそうに笑っていました。

いやぁ、沖縄出身で今現在沖縄にいる人に
私が沖縄の三味線店について説明しているとは。
なんともおかしいです。

彼が帰ってきたら
もちろん一緒に唄三線を存分に楽しみたいと思います。

彼は沖縄にいた時はおじいちゃんおばぁちゃんと暮らしていて
家庭内での会話は全て方言だったそうです。

あーぁ。方言の発音では、完全に抜かされてしまうだろうなぁ。

情け無い先生が、この私です。
by niraikanai76 | 2006-01-03 18:32 | 唄三線