唄三線のある日常。        愛器「二つ星小」          (たーちぶしぐゎー)。         


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忘れられない「島人ぬ宝」

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BIGIN「島人ぬ宝」

私にとっては、忘れられない曲となった。
7月の結婚披露パーティーで、私の今までの人生の中で
出会ってきた「歴代の音楽仲間」に集まってもらい、
「一回こっきりのバンド」として演奏したのだ。

バンドメンバーは、以下の通り。

Vo Gt  H生田→以前勤めていた会社の同期。彼の「いいさいいさ」という穏やかな
            性格に、私はとても癒される。沖縄好き。石垣島好き。

Bass   M瀬 →同じく以前勤めていた会社の同期。このパーティーの7ヶ月前に
            ベースを始めたという男。しかしながらその演奏はとても「初舞台」とは
            思えないほど安定したものだった。

Piano   柳沢 →大学時代の「モダンジャズ研究会」の仲間。
            私がとある事情でサックスからベースに転向したときにも
            「ベース初心者」の私を見捨てずに、一緒に演奏してくれた。
            いわば「私の音楽人生の恩人」である。

Drum   ユウキ→同じく大学時代の「モダンジャズ研究会」の仲間。
             独特の粘り気のあるドラムは、大学時代から定評があった。
             同じく「私の音楽人生の恩人」である。
             大学時代、彼とピアノの「柳沢」と私でジャズトリオをやっていた。
             現在、インディーズの人気バンド「モダーン今夜」のドラムを担当。

Perc   タツヤ →高校時代の「吹奏楽部」時代からの親友。
             よく一緒に、悪いことをした。当時、教師からの信用は
             私も彼も全くと言っていいほどなく、
             「彼のいたずらの濡れ衣」を着せられ、
             私はあらぬ罪について、たびたび教師から執拗なる尋問を受けた。
             また、彼は「私のいたずらの濡れ衣」をよく着せられていた。

             そんな私も彼も、今は一児の父。
             偶然、子供は同い年ということになる。
             彼の新婚旅行先は「モルジブ」だった。
             何と、インド洋沖地震の一週間前だった。危ない!
             
             バンド練習に2度しかこなかったくせに、当日は
             ボーカルよりもはるかにでかい声で「イーヤーササ!!」と
             声を張り上げ、バンドカラーをタツヤ色に染め上げた。
             天性の目立ちたがり屋。

perc   カイトー →以前勤めていた会社の同期。
              音楽オタク。オシャレオタク。
              歌が滅法上手い。この日はメインボーカリストとして
              ウィスパーボイスを披露してくれた。
              いつも彼女の自慢ばかりしている。

三線   私


とまぁ、こんな素敵なメンバーで
私にとっては「夢のバンド」であった。
「周りの人に助けられて、生きているのだなぁ」
と感動することしきり。であった。

「音楽をする人」というのは
やっぱりどこかで、目立ちたがり屋。なんだろう。
でも、私のこの音楽仲間達は「人を立てるタイミング」と「自分が出るタイミング」
を良く知っている人たちなんだと思う。
そんな人たちの中で、私は自由気ままに演奏させてもらった。
私などは、のんきなものである。

「島人ぬ宝」では、私の三線をまさに「支えて」くれた。
メインは歌。なんだけれど、そのH生田の歌を生かし、私の三線を生かしてくれて
誠に素晴らしい演奏を、してくれたと思う。

これが一回きりのバンドとは残念だが、
逆に「一回きり」だからこそ、ここまで強力に
噛み合って演奏を楽しめたのではないだろうか。

この「島人ぬ宝」
実は手元に録音されたMDがある。
三線を製作していただいた照喜名さんにも送らせていただいた。
この日のために、製作を急いでいただいたので
演奏の報告である。
電話では
「あれ!良かったよ。民謡教室のみんなで聴いた。みんなが
すごいすごい!と言っていたよ。ありがとうね。」とありがたいお言葉を頂いた。
披露パーティーの日は、機材もPAのエンジニアも依頼していたので
音響面でも救いになった。いい録音が、出来たと思う。

さて「島人ぬ宝」はビギンが
「石垣島の中学生たちが書いた作文を元に歌詞を書いた」
という話である。
私には、歌詞の意味は理解できても
「島を出て行く」とか「島の大事なもの」いうのは
日常生活の中で実感することが出来ない。

このバンドの中で、ただ一人。
この歌の歌詞を身をもって知る人物が一人いる。
ドラムの「ユウキ」である。

彼は、宮城県は塩釜市
日本三景の「松島」の中の「桂島」という島の生まれである。
「島の人間は、皆知り合い」
「みんな同じ苗字」
などと、大学時代は馬鹿にしたように話してくれたが
どうやら島の事を嫌っているようだった。
「どうせあんな所、いてもしょうがない」
「最悪の場所だ」
と酒を飲みながら、語っていたのを良く覚えている。

しかし、最近は
「嫌い嫌いといいながら、いつでも自分は島が一番好きだった。のだと思う。
なんだかんだ言っても、生まれたところだし。」
ということを言っていた。

高校は、仙台まで舟に乗ってかよっていたという。
沖縄の離島ではないにしろ、この歌の意味を
一番身を以って知ったのは、彼ではないだろうか。

そんな彼は、今。
実はCDが馬鹿みたいに売れている
インディーズバンドの、ドラムなのである。
バンドの名は「モダーン今夜」
私は友人のくせに、まだライブに足を運んだことがないのですが
とても楽しいライブだそうです。

「島人ぬ宝」の記事が、いつの間にか友人のバンドの紹介になっちゃいました。
でも、それでいいか。お礼の意味もこめて。

みんな! ありがとうね! とても楽しかったよ!!
             
by niraikanai76 | 2006-02-05 23:27 | ひとりゆんたく