唄三線のある日常。        愛器「二つ星小」          (たーちぶしぐゎー)。         


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八重山黒木と、ハカランダ。「怪しいもの」と私は思う。

<ビンテージベース幻想>

「ハカランダ」
という木を、知っていますか?
別名は「ブラジリアン・ローズウッド」
と言います。マメ科の木材だそうです。

1965年までのフェンダー社(フェンダー以外でも)
のベースやギターの指板にはこの木が標準装備で使用されていました。
ビンテージベースを信望しているベーシストなどは
「やはりハカランダ指板のベースに限る」と
1966年以前のベースを好んで使用します。

ハカランダ指板のベースは
「音の抜けがよい」とも
「ネックの反りが少ない」とも
「デッドポイント(音が詰まってしまう、特定のポジション。)がない」
などあらゆる意味で褒め称えられているのです。

一方で、私の愛用の
Fender USA ビンテージシリーズ 62’プレシジョンベース
には「インディアナ・ローズウッド」という木が指板に使われています。
1962年の「レプリカ」なので、指板にも「ハカランダ」が使われているかといえば
実はそうではないのです。

f0010549_1973199.jpg

             ↑「ハカランダ」ではありません。
               「インディアナ・ローズウッド」の指板のベース。私のです。
               「縞黒の棹」ではありませんので、念の為…。



「ハカランダ」
実は、今ではあまりに貴重な木材として君臨しており
入手がとても困難な状況なのです。

1960年代半ば。産地であるブラジル政府が「資源保護(経済事情とも?)」を
理由に、丸太の状態での輸出を禁止にした。これが「伐採禁止」として
65年のワシントン条約に指定される。
     
上記のような理由で、今では「過去にストックされた材料を細々と」使用して
ほんの一部の高級ギターに使われている。程度です。
だから、ハカランダで製作されたギターは、ものすごく高い。
これはもう、庶民が簡単に手を出せる金額ではなくなってしまっている。

なぜ、Fenderのビンテージベース。それも1966年以前のものが
愛好家の垂涎の的になっているのか…。
ビンテージベースを扱う専門店では、1966年以前のベースには
目を疑うような値段が付けられている。
逆に1966年以降のものは、年代が新しくなるにつれて安くなっていくのだ。

・ベースの神様「ジェームス・ジェマーソン」が
 1962年製のプレシジョンベースを使用していたから。

・1965年にFender社がCBS社に買収され、大量生産体制に入ったから。

というのが、大きな理由だと思われるが…。

私が懇意にさせていただいている「ビンテージベースオタク」のオジサマいわく
「1965年のCBS社によるフェンダー社の買収によって
大量生産体制になり、今まで手間隙かけて作っていたベースを
量産するようになったからではないか。その年代が、ハカランダが使われなくなった
年代と同じだからハカランダ幻想が生まれた。65年以前のベースにネックのトラブルが
少ないことや、音の抜けが良かったりするのは、ハカランダが使われていたからではなく
大量生産になる前で、手間隙かけて楽器を作っていたからだ」
との考えらしい。

これが本当ならば、ハカランダにはあまり意味が無いことになる。

この考えを裏付ける話をある何軒かの楽器店で聞いたことがある。
「ハカランダと、今使われているインディアナローズウッドは
楽器の材としてみても、大差ない」
と言っていました。

材としては大差ないのに、こうまでも
「ハカランダは良い」と言われてしまうと
ベーシストの間では幻想が生まれる。
もともと稀少なのに、みんなが欲しがる。
そして値段はつりあがっていく…。

三線を愛好される皆様は、ここで「似ている…」と思われましたか?
そうです。「八重山黒木」に似ているんです。

ビンテージベース。
私も前述の「ビンテージベースオタクのオジサマ」のおかげで
触る機械には恵まれているんですが、弾いてみるとやっぱりパワーでは
今の楽器にはかなわないと私は感じています。
もちろん、状態の良いものは見た目も音も良いものはあるのですが
やっぱり40年以上経っている楽器ですから、どっかこっかガタがきている。

それに「リペア」といって痛んでいるパーツを変えていくと
「ネックとボディ以外はほとんど新品」のようになってしまいます。
こうなると「なんでビンテージじゃなきゃいけないの?」
みたいなことになってしまうんです。

基本的に数が少ない上に、とんでもなく高額。
で、状態の良いものは少ない…。
なんだか、ものすごく不条理に思えるんです。私にとっては。
「だったら、数多くの中から選べてお手ごろのものがいいや。実用品だし」
と私は思ってしまうのです。

ちなみに上記の「ビンテージベースオタクのオジサマ」
自分ではベースを弾きません。ただ、自分の趣味として集めているようです。
私はベースが弾けますから、たま~に呼ばれて彼のコレクションを弾いて見せるのです。
おかしいですよね。でも、素晴らしい趣味です。
確かどこかに、ご自分は酒を飲まないのに、泡盛を育てていらっしゃる方も…。

<八重山黒木>

・伐採禁止になっている
・作り手にもストックが少ない
・実物があっても、良いものは少ない。
・かなりの高額である

こういう点で、ビンテージベースや「ハカランダ神話」に良く似ている。
と私は勝手に思っています。
ですから、私は八重山黒木については少し猜疑心を持っているのです。
実際に弾いたことはないのですが。
自分の三線を購入で三線を検討していたときも
「数少なくて、良いものはめちゃめちゃ高価。
それでいて音が必ず良いかといえば、絶対そうとは言えない。」
というような「八重山黒木」はかなり「怪しい」と思いました。

で、三線の場合だと「皮を張り替えると音が変わる」んです。
ベースは三線ほど「音が変わる」ということはないので
「ビンテージベース以上に、怪しいぞ」と思ってしまったのです。

「ほら、ここ!これが輸入黒木と八重山黒木の違いだよ。
ほら、同じ胴でもここまで音が違うだろう。違う胴に変えても…ほら!」
というように、複数の「八重山黒木の棹」と「輸入黒木の棹」、複数の「同じ胴」で
実際に自分の目と耳で違いが実感できたら
「八重山黒木は、やはり良いんだ」と思えるかもしれません。

<数が少ないと、欲しくなる>

こんな話を楽器店で聞きました。
「ベースの指板に使われているインディアナ・ローズウッドがあるでしょう。
あれが最近、少なくなってきているんですって。そのうち、ハカランダみたいに
神話になるかもしれませんよ。」

驚きです。
ベースの指板に普通に使われていたインディアナ・ローズウッドが品薄…。
そのうち、これもハカランダのように使われなくなってしまう可能性もある…。
私のベースにも普通に使われている木が無くなるかもしれない。
「私のプレシジョンも、いずれはビンテージベースになるぞ!!」とも考えましたが
昔と今では、ベースの普及率が違います。これはあまり期待できません。

でもこの話を聞いて私は、なんとなく将来の姿が予想できました。
「インディアナ・ローズウッドが最高!」「その時代のベースが良い!」となるんじゃ
ないかなぁ…。と。どうでしょうかね。

結局、「1960年代」はいつまで経っても「1960年代」なのです。
2060年になったとき、果たしてどれくらいの数の「1960年代のベース」が
現存しているでしょうか。
現存していても、100年も経ってしまうと「実用的な楽器」ではなくなるでしょう。

人間は、特に現代のような情報があふれている時代には
「昔のもので、数が少なく入手困難」
というだけで、それが本当に良いものかどうか判断する以前に
「稀少だから、手に入れたい」という考えが成り立ちやすいと思います。

人間には
「過去のものが良い。と思ってしまう習性がある」とも聞いたことがあります。
八重山黒木(昔の三線には良く使われていた。という意味)も、
ハカランダも、いわば「過去のもの」です。
「現在のものも、いずれは過去のものになる」
と思うと、私は「過去のものを追いかける」ことよりも
今自分が手にしている三線やベースの将来の方が
楽しみになってくるのです。
by niraikanai76 | 2006-02-11 19:04 | 唄三線