唄三線のある日常。        愛器「二つ星小」          (たーちぶしぐゎー)。         


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三味線店めぐり②上原三味線店(名護市)6月17日

本部町から名護へ。私達夫婦は(特に妻が)スローペースなので
あまり一日中遊んだりはしない。

この日も水族館~上原三味線店(本部)でホテルに帰り、のんびり過ごす予定であった。
でも明日から来てくださる漆畑さんとの予定(ほとんど南部の三味線店を回る予定)を考えると、北部の三味線店を回る時間は正直なさそうだ。時間のある内に自分で行ってみたい三味線店には行っておこう。

ということで急遽名護市へ立ち寄った。本部からだとちょうどホテルの帰り道に当るため、別に足を伸ばす必要もない。名護市に入ったのは良いが、肝心のお店の場所がわからない。
雨の中、傘も差さずに歩いているおじさんに聞くと「名護市役所の裏側」とのこと。
カーナビを設定して走り出す。迷わずいくことができた。

「こんにちは」と間口の狭い店に入ると糸巻きらしい物を削っているおじさんとテレビを見ているおじさんより幾分若い男性のお二人がいらっしゃった。
私と妻の姿を見ると、怪訝な顔をされている。「あまり歓迎されてないな」と正直思った。
「埼玉から来ました。三味線を買おうと思って色んな三味線店さんを訪問しています。三味線を見せていただくことはできますか」と切り出した。

糸巻きを削っていたおじさんが「誰に習っているのか?」ときた。
「いえ。私、独学です」というと「しょうがないな」という顔をされた。

思い出したように「あの、漆畑さんに聞いてきました」というと若い方の男性(実はこの方が店主さんでした)が「ああ!そうなの。ずいぶん来てないけどね」とおっしゃり、私達との距離がグッと縮んだ気がした。さすが、漆畑さんの力は大である。ご本人がいらっしゃらないのに、いたくお世話になっている。

「今はね、梅雨でしょ。例年、沖縄はこの時期には梅雨明けてるんだけどこの大雨で皮張りができない。だから棹はあるけど、三味線の形になっているものは見せてあげることができない」
とのこと。
この店主の先代(故人)が那覇から仕入れてきたという八重山黒木の棹があった。
聞けば30年ほど前の棹で、かなり良い物らしい。
八重山黒木のことは漆畑さんのサイトで見て知ってはいたが、実際に見るのは初めてだった。値段を聞くと予算内で買える値段だった。
音を聞いてみたかったが、前述のとおりでかなわず。残念だ。

「那覇や南部だと、こちらで手頃で買えるような材質の棹が何十万という値段で売っている。三味線を買うなら、充分気をつけたほうが良い。同じ三味線職人としてそういう現実は許せないと思うこともある」というようなお話もしていただいた。

「時間があったらまた寄らせていただきます」とお礼を言って店を出た。
「いちにの三線」の三味線店探訪の仕方に書いてある「少しくらい無愛想でもやがて打ち解けると信じて話します」というのを身をもって体験できた。漆畑さんのおかげではあるが。
by niraikanai76 | 2005-11-30 21:08 | 沖縄新婚旅行(三線探しの旅)

三味線店めぐり①上原三味線店(本部町)6月17日

水族館のあと、本部町市街の食堂で昼食を済ませて車を走らせていると
「上原三味線店」の文字が。
「あ!」と声を挙げて車を店のお向かいの本部町役場へ入れる。

お店に伺い、私が店主の姿を見つけ「こんにち…」と挨拶しようとした拍子に
それをさえぎるかのように「こんにちは!!」と複数の若い男の子の声が。
声のするほうを見ると体操着姿の男子中学生が三人。その傍らに店主の上原さん。

「こんにちは。はじめまして」と挨拶をし、店主に「お弟子さんですか?」と聞くと
笑いながら「いやー。近所の中学校から三味線の製作の体験学習を受け入れてるの。学校で角材を削ってから、ここで3日間仕上げをすることになっててよ。今日が三日目なわけ」
とのこと。全員丸坊主で、みんな目がきれいな中学生でした。
私はああいう中学生をかなり久しぶりに見た気がします。

「漆畑さんに聞いて、お邪魔しました」と言うと、
「あーあー!しばらく見ないねぇ。元気にしてる?」
「いや、お元気かと思いますが私はまだお会いしたことないんです」
「知り合いじゃないの!?」
「いや、知り合いですがお会いしたことないんです。明日初めてお会いさせていただく予定です」
と不思議な会話が続いた。

お店の一段高くなった畳の部分をすすめられてお邪魔する。
三味線購入を考えていることと予算を伝えると
「うーん」と上原さん。何本か黒檀でできた棹を見せていただく。
値段を聞いてびっくり。想像していたよりもかなり安い。
「なかなか良い木がないっていうのもあるけど、やんばるではこんな値段よ。高いと誰も買わないから」とおっしゃる。その他にも新聞紙で包まれた棹を何本か出して見せていただいた。
その中の「ヤマザクラで作った知念大工型」が私の興味を引いた。
値段を聞くと、予算の半分以上安い。
三線の型について

こうして上原さんと話している間にも中学生が「ここがわかりません」と上原さんに聞きにくる。
「ここはな…」と製作の指導。あまりお邪魔はできない。
わずか数十分ではあるものの、私は上原さんにすっかり魅了されてしまった。
少年がそのまま大きくなったようなきれいな目。何でもやさしく教えてくださる優しい人柄。

魅了されたまま三線を注文してしまいそうになる。
まだ一軒目だということ、明日は漆畑さんが沖縄に来てくださることを思い出し
「また時間があったら来ます。ありがとうございました」とお礼を言って店を出る。

店を出る間際、また中学生から「失礼します!!」と挨拶。
中学生に「三味線作り、頑張ってください」と声をかけた。
妻と二人で上原さんと中学生に感動し、役場の駐車場へ向かった。
by niraikanai76 | 2005-11-30 20:38 | 沖縄新婚旅行(三線探しの旅)

美ら海水族館

2005年6月17日、恩納村の名護市に近いホテルを朝10時に出発。
車は本部町へ。
関東圏でもTVCMでおなじみの「沖縄美ら海水族館」へ向かう。

沖縄前日沖縄入りしてからずっと雨が続いている。
今朝ホテルの喫煙所で読んだ「沖縄タイムス」という新聞では
「沖縄本島、観測史上記録的豪雨」と中国語のように漢字が並んでいた。

恩納村から本部町へは、ずっと海沿いを車で走るが「快晴なら青い海」は見事にダークグレー。ワイパーも最速にしないと前が見えないくらいの豪雨。

そんな状況でもわが夫婦はのんきに沖縄旅行を楽しんでいた。
「道の駅 許田」で水族館割引券とサーターアンダギーを買ってきて、車中で食べたりして本部町へのドライブを楽しんでいた。河口に掛かる大きな橋を超えて車は本部町へ。
程なく、沖縄海洋博公園に到着。

美ら海水族館は、とてもよかった。
なにせ、あんな大きな水槽見たことない。
さらにあんな巨大なジンベイザメが室内にいること自体がとても不思議だった。
マナティ館というところではジュゴンの仲間「マナティ」を見た。水槽の中にキャベツが浮いていて、マナティ達はせっせと食事をしていた。
「食べ方があんたに似ている」と妻は私が傷つくようなことを平気で言う。
沖縄にきたら、一度は訪れて頂きたい観光地である。
by niraikanai76 | 2005-11-30 20:05 | 沖縄新婚旅行(三線探しの旅)

沖縄へ降り立った

2005年6月16日、私と妻は初めて沖縄に降り立った。

私たちの中で今まで何度も旅行の候補地として上位にランクインされていたにもかかわらず、今まで訪問しなかった理由はやはり前述した大学時代のあの講義の影響である。

沖縄は知っての通り、日本屈指のリゾート地。私一人が行く行かないでどうにかなるものではないが、戦中に日本軍からひどい目にあった沖縄に「本土の人」として「遊びに」行くのに抵抗があった。

つまり私にとって、沖縄は「青い空!リゾート!南の楽園!」と旅行パンフレットそのままの気分で遊びに行くような場所ではなかったのである。
知識的にはぜんぜん知らないに等しいが、沖縄に「遊びに」行くにはあまりに多くの悲惨なことを知りすぎてしまった。という気がしていた。

だから、沖縄に到着してからの私たち夫婦の行動は少々奇特だ。
那覇空港から糸満を経由して摩文仁へ。最初に「ひめゆり祈念館」へ行った。
そして「平和祈念公園」へ。初の沖縄でいきなり戦跡巡り。

しかし、その後の旅の中で出会った沖縄の方々と接する内に私の考えは杞憂に終わっていく。
「そういうのも大事だけど、楽しむのも大事よ。せっかく遠くからきているのに」と教えていただいた。


1日目から街路樹に家で鉢植えにしているのより何十倍も大きいガジュマルに驚いたり、沖縄の食堂の食事の量に驚いたりと1日楽しませてもらった。
by niraikanai76 | 2005-11-30 19:39 | 沖縄新婚旅行(三線探しの旅)

至上な作品

「パーフェクト・ワールド」
1993年アメリカ映画
クリント・イーストウッド監督
ケビン・コスナー主演

脱獄囚のブッチは、途中で8歳の少年フィリップを誘拐するが、やがて両者は心を通わせるようになり、ブッチを捨てた父から唯一届けられた絵葉書を頼りに、アラスカへと向かう。

家を捨てた男を父に持つ少年と同じ経験を持つ脱獄囚ブッチ。二人が劇中で仲良くなる様子は面白いです。
滅多に映画で感動しない自分ですが、この作品だけは何度見ても最後に涙してしまいます。
また、借りてきて観たいです。
by niraikanai76 | 2005-11-30 17:01 | 映画

某サイトでは…

私が大変お世話になっているサイトでは
「沖縄音楽とそれ以外の音楽」という分類をしている人は若干沖縄民謡症候群である可能性が高い。らしい。
ここです
「変な自分に気づかない」の記事。

私もついにそういう分類の仕方になってきてしまったようだ。
沖縄音楽以外のもの。これらは沖縄民謡歴二年より遥かにお付き合いが長い。
そんな音楽たちについてお話したい。
by niraikanai76 | 2005-11-30 16:38 | 沖縄以外の音楽のこと

ボコボコ蹴る

最近、妻のお腹は驚くほど出っ張ってきた。
赤ん坊が順調に成長している証だ。
その赤ん坊、なぜか毎日決まった時間になるとお腹の中で暴れているらしい。
大体午前10時と夜の8時~9時の間。
何かお腹の中で定時にこなさなきゃならない仕事でもあるのだろうか?

あとは最近、赤ん坊のお気に入りの曲を発見した。
沖縄民謡「唐船どーい」。
これをステレオで聴いていると必ず何時でも暴れだす。らしい。
この曲は沖縄のカチャーシー曲なので確かにノリの良い曲だが、他のカチャーシー曲ではびくともせず、この曲には必ず反応する。らしい。

不思議なことがあるものです。
生まれてきたら、父ちゃんの演奏で聴かせてあげよう。
練習しなきゃ、だめですね。
無反応だったら…ちょっとショックですね。
by niraikanai76 | 2005-11-30 16:04 | 父親になった

いざ沖縄へ

結婚が今年の4月だった。新婚旅行は6月に沖縄を予定していた。
この沖縄旅行には、新婚旅行以外に重大な用事が含まれていた。
「結婚記念三線」を購入することである。

沖縄に旅立つ半年以上前から、沖縄の三味線店に電話して問い合わせたり漆畑さんにメールで相談に乗っていただきながら色々考えていた。
ある日、漆畑さんからのメールに「旅行のご予定が6月の第3日曜・月曜に合うようならご連絡ください。お供できるかも知れません」とメールをいただいた。

私は早速妻に相談し、「楽しそうだ」と言う妻の快諾を得て
その日程に旅行を入れるように手配した。
めでたく、メールでお世話になっている漆畑さんと新婚旅行の沖縄でお会いして三味線店巡りに同行していただくという、なんとも贅沢な旅の予定が出来上がった。

当初、私は漆畑さんも沖縄に何らかの用事があって訪沖されるのだと思っていたが、どうやら三味線店めぐりのためだけに来ていただいたようで大変恐縮してしまった。

こうして、沖縄の旅に旅立つ日がやってきた。
by niraikanai76 | 2005-11-30 15:55 | 沖縄新婚旅行(三線探しの旅)

公園、それは練習場

晩秋~冬以外、私は近所の公園で練習している。
三線はベースやギターのような電気楽器に比べれば音量は小さいがやはり楽器は楽器。
アパート住まいの私は家で三線を弾くことはしない。

今年6月の沖縄旅行の際、本部町のある三味線店で「このへんで夜、家の中で三線弾いて苦情は来ないんですか?」と質問したら爆笑され「来ないよ~。やんばるだし。那覇は知らんけどね~」と教えていただいた。うらやましい環境である。

公園で練習していると、以外に沖縄出身者って多いんだな~。と思ってしまう。
2003年からいままで2年間、公園でお会いしただけでも20人近い。
石垣島・宮古島・沖縄本島だと那覇(多数)・南風原・浦添・名護・宜野湾
の各出身者の方々に声をかけていただいた。

私が弾いているところに走ってやってきていきなり「ウチナーンチュ?(沖縄の人ですか?)」
と聞いてきた人もいる。大体、「沖縄から?」と聞かれてしまう。
いや~三線のインパクトはすごいです(笑)

公園で練習していると、立ち止まって聴いてくれる人もいる。
中にはリクエストしてくれる人も。「芭蕉布できる?あれ、好きなんだよね~」など。
私は沖縄本島の民謡を練習している。別に教室や研究所に通っているわけではないので独学である。俗に言う「沖縄ポップス」はあまり弾けないし歌えない。

でも、大体公園でリクエストしてくれるのはポップスの唄が多い。最初は「ごめんなさい。唄、出来ないんです。でも楽譜はありますから三線だけ弾きます」と言って演奏していた。
最近はリクエストに答えられないと悔しい気分がするようになってきた。
自分が練習している曲をリクエストしてもらえればよいのだが、埼玉の公園で唄三線している人に「すみません。山原汀間当やってください」なんていう人はまず、いない。

だから最近はポップスも良く練習する。不思議と立ち止まってくれる人も増える。
でも、まだ苦手だ。ポップスはCDのの演奏は豪華だが、自分でやると三線と自分の唄だけ。なんだかわびしくなってくるのだ。

「涙そうそう」を嬉しそうに聴いてくれた人に対して「本部ナークニーも、いい曲ですよ」と言ってしまいそうになるのを必死でこらえる自分がたまにいたりする。
by niraikanai76 | 2005-11-30 15:32 | 唄三線

沖縄で発覚

2005年6月24日
「あなたは父親になりました」
妻に宣告された。
折りしも6月16~23日、我々夫婦は沖縄新婚旅行中であった。
その19日から妻につわりのような症状が出てホテルで寝込む。最初は沖縄と本土の風土や気候の違いで具合が悪くなったのだと思っていた。
私はホテルに妻を残し、最終日まで沖縄を堪能させてもらった。
東京へ帰る日、朝一番で那覇空港へ。そのまま夕方の飛行機まで空港の「救護所」という学校の保健室みたいなところで休ませていただいた。
別な意味で一生思い出に残る新婚旅行となった。

2005年11月現在
「ほぼ男の子で間違いないでしょう」
とのこと。

6月の沖縄旅行のときから腹の中で子供と付き合っている妻に対して私はというと…
仕事→食事→三線という調子
ぜーんぜん父親の自覚がありません(笑)
by niraikanai76 | 2005-11-30 14:42 | 父親になった