唄三線のある日常。        愛器「二つ星小」          (たーちぶしぐゎー)。         


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桜の色に思う。

桜の花びらを、まじまじと見てみました。
実に微妙な色合いをしています。
白でもなく、ピンクでもなく…いや、そのどちらでもある…。
なんとも説明しがたい色合いです。
日本人は、こういう「微妙なニュアンスを好む」
と本で読んだことがあります。

「原色よりは中間色。曖昧さを好む人種」
などと、その本では説明されていました。

沖縄民謡。
JAZZから流れ着いた私は
「外国語でもなく、かといって今まで自分が見聞きした
日本の言語とも違うウチナーグチ」という「曖昧さ」
に惹かれたわけです。
曖昧さ。JAZZのような「外国のもの」よりは
親しみを感じたものでした。

しかし…。
唄三線を始めて2年半が経ちますが、最初に感じた「とっつきやすさ」
はどこへやら…。
その奥の深さに、どんどん引き込まれてしまい
JAZZの頃と同じような難しさを感じている、私がいます。
by niraikanai76 | 2006-03-31 22:14 | 三線独学のススメ

夜桜は、ムリ…?

私の住んでいる埼玉県は
桜が咲いたとはいえ、まだまだ寒いです。
昨日今日は、「台風じゃないか?」と思うほどの
強い風が吹いていました。

「夜桜を見ながら、唄三線を」
などと思っていましたが、とんでもありません。
夜などは、さらに凍えてしまうような寒さです。

今年はダメですかねぇ。
もう少し、様子を見てみます。
by niraikanai76 | 2006-03-31 21:44 | ひとりゆんたく

春慶塗り・呂色仕上げ

「春慶塗り」  =スンチー塗り
「呂色仕上げ」=ロー上げ

と、それぞれ三線の世界では呼ばれているようです。
私の三線は一度塗り替えに出しています。

表面があまりピカピカとしないので
気に入っています。
「インターネットで「春慶塗り」を調べてみると、面白いですよ。」
と教えていただいたことがあるので、今日見てみました。

塗り替えのときに
「時間が経つと、塗りは変化する」と教えていただいたのですが
塗りに関するサイトにも、そのようなことが書いてありました。
漆器の場合ですと、一年くらいの期間はあえて使用せずに
「塗りの匂いを取り去る」とか「塗りを落ち着かせる」為に、
日陰の風通しの良いところに置いておくそうです。
ずいぶんシビアですよね。

とにかく、三線でも「塗りの経年変化」(色や表面の質感など)は
もう少し時間が経つと顕著に現れるのかもしれません。
まだ、塗り替えてから2ヶ月ですから。

ちなみに、私の三線は「塗り替えの跡」をうかがい知ることが出来ます。
言われなければ、本人か三線工の方くらいしか気付かないかもしれませんが…。
その「見て取れる部分」は、「糸蔵の中」です。
以前の塗りを、剥がした跡があります。

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by niraikanai76 | 2006-03-30 22:11 | 唄三線

無くなってしまった黒檀。

「とぅばらま家」でのお話の続きです。

「波照間さん」がポツリと語ります。

「酔狂歌人さんの三線は、黒檀ですよねぇ。
昔ね、島にいた頃…小学生だったねぇ、
この木に登れば台湾が見える。と言われていて
僕も良く登った木なんだけど。あれは黒檀の木だったんだよねぇ。
ものすごい大きな黒檀だよ。」

「ヤシガニが島にいるんだけど、アダンの実や
その大きな黒檀の木の実を食べていたんだよ。
だから、そのヤシガニは当たらない。とオジィが言ってたなぁ。
あ、ヤシガニはね。ヤシガニが何を食べているかで
食べられるヤシガニとそうでないヤシガニに分かれるんだよ。
その黒檀。大人になってから島に行ったら、もう無かったんだよねぇ。」

「三味線になっちゃったんですかね。
それとも…家になっちゃいましたかね。」

「いや…もう、今は分らないなぁ。
大きかったなぁ。あの木…」

遠い目をする波照間さんの横で
「登れば波照間島から台湾が見える大きな黒檀。
私も一度見てみたかったなぁ。」
と思いました。
(「三線にしたい!!」というヨコシマな気持ちではありませんよ。本当です。)
by niraikanai76 | 2006-03-30 00:22 | ひとりゆんたく

その人そのもの。

「三線という楽器は、持っているその人そのものなんだよ」

こんなことを、飲みの席で教えてくださったのは
「とぅばらま家」で同席させていただいた「波照間さん」と
このお店のマスターと知念大工大好きさんです。

昔はオジィの三線を触ったら、えらく怒られた。
オジィは、とても三線を大事にしていたし
また、三線はそんなオジィ自身のアイデンティティーの源だったんだ、と。
そんな話もうかがいました。

その人そのものを表わす三線。
私も、自分の三線に見合うような演奏と歌ができるようになろう。
たくさん三線を触ろう。
そんな風に思いました。

三線と共に成長していく。
何だか、気分がいいかもしれません。

とぅばらま家で得たものは、楽しい唄三線の時間だけではありませんでした。
心地よい唄三線との関わり。
自分ひとりでは、得られませんでした。
by niraikanai76 | 2006-03-29 23:54 | 唄三線

リンク増強中

昨日、大変楽しい思いをさせていただいた
「知念大工大好き」さんのブログと
東村山市の秋津にある宮古島出身の店主経営の
沖縄料理店「とぅばらま家」のリンクを追加しています。
by niraikanai76 | 2006-03-28 19:44 | ひとりゆんたく

本部町・波照間島・宮古島 <昨日の夜の事>

タイトルの場所に行ってきた。のではありません。
この三つの島や町に何の関連が??

昨日の夜。
私はずいぶん楽しい思いをさせて頂きました。
ことの始まりは「さんしんの松田」さんのHPです。
ここのトップページのリンクに「とぅばらま家」というお店のHPのリンクがあります。
どうやら、沖縄料理店のようです。
で、お店の住所を見てみるとビックリ!!
「秋津」とあります。

「え??あの秋津?」
私は信じられませんでした。
「さんしんの松田」さんは沖縄県宜野湾市にあります。
そのお店のリンクなのだから、当然沖縄県内のお店。だと思っていました。

私の中での「秋津」は、私の地元の所沢駅のひとつお隣の「秋津駅」です。
お店のHPの地図を見てみましたら、確かに「私の中での秋津」にお店はありました。
「そんな近所に沖縄料理店が?? しかも、三線を弾くお客さんも
来ておられるようだ。これは面白い。行かない手はない。」
と思った私は、三線を携えて昨夜このお店にお邪魔したのでした。

「とぅばらま家」
と命名されているこのお店。名前だけ見れば
「きっと八重山の人か、八重山ファンの本土の人が経営されておられるのだろう」
と少なからず思うはずである。

しかし…なんとこのお店のご主人は「宮古島出身」なのだ。

そんな店主の巧妙な(?)策にかかってしまって
今では常連さんとなられている「波照間さん」(愛称)という方が
来ておられた。波照間さんは、その名の通り「波照間島出身」である。

「いや~、とぅばらま家。と書いてあるから、当然八重山のお店だと思った。
だけど、こいつは実は宮古のひとなんだよ。知っていたら、お店には
来なかったね。私は宮古は嫌いだから(笑)。完全に騙されたよ(笑)」
と笑います。
店主は
「騙したんじゃねぇよ。コマセだよコマセ。で、それにあんたは
あっさりと掛ってしまったというわけさ(笑)」と笑います。
いや…それは騙しているんじゃ…。という感想は胸のうちにしまっておきました。

で、私がお店に入ったときに
一番に声を掛けてくださったのが
さんしんの松田さんの常連さんだという「知念大工大好き」さんでした。
もともとお知り合いだったわけではありません。
たまに覗かせていただいている「さんしんの松田さん」のBBSで
お名前は存じておりました。お店にお邪魔したときにはそのお方だなどとは知りません。
三線のケースを持った私に声を掛けてくださり
偶然にも、ご一緒させていただいた。というわけです。

私が昨年6月に「さんしんの松田」さんにお邪魔させていただいたときに
知念大工の三線が置いてありました。この時は売り物だったのですが
どうやらその後、このお方の「愛器」となったようです。
あいにくこの日は三線をお持ちでなかったようで
「知念大工の三線と9ヶ月ぶりに再会」ということにはなりませんでしたが
「あのときに、三線を触らせてもらいました」と挨拶です。
これはこれで、不思議な縁です。

「知念大工大好き」さんは、本部町のご出身。
沖縄にいらした頃は、三線などは「むしろ嫌いだった」とおっしゃいます。
ロックをやってこられ、ギターを弾きそして三線へ…。
「民謡はあまりやらない」とおっします。

私の三線で、沖縄のポップスを弾いて歌ってくださいました。
とても味のある演奏で、歌も素敵です。

この後、美味しいお酒と料理をいただきながら
私も唄三線をさせて頂きました。
波照間さんに「鷲ぬ鳥節」や「上り口説」を聴いていただきました。
「小学校のときに、踊ったよ。いや~、懐かしいねぇ」
私のへたくそな唄を聴いていただいて、感謝です。

波照間さんは、三線をお持ちです。
縞黒本皮の、とても良い味の音がしますし、良く鳴る楽器です。
が、今は練習しないのだそうです。

で、その三線。
この「とぅばらま家」の店内に常時掛けられて保管していただいているのだとか。
「自分は今は40才後半。50になったら島へ帰ろうかと思っている。
で、そのときにはこの三線を持って帰る。それまではここに掛けておいて
みんなに触ってもらいたいと思ってね。」
波照間島に帰るときには、ここでの思い出と一緒に。
たぶん、そういうことなのでしょう。

いくら「今すぐ弾かない三線」とはいえ
多くの人が出入りする沖縄料理店に
三線をキープ、とはこれまたすごい。
波照間さんが、このお店自体や店主、さらには
ここに集まるお客さんのことを愛しておられるのが良く分るようなお話です。

聞けば波照間さんは、島を出てからずいぶん長いそうです。
店主は宮古出身ですが、この波照間さんと店主の
「よく島へ帰るか?」という話を側で聞いていた私は、笑ってしまいました。
「島へ帰ろうとすると、島が動いちゃうんだなぁ。これが。
どこに島があるのかさっぱり分らん!!わはは!」です。

その後は、知念大工好きさんと私と。
交互に沖縄ポップスと民謡と、三線を橋渡しです。
この「とぅばらま家」は決して広くは無い店内です。
ですが、それがまた良い。お客さんも唄三線を聴いていないようで聴いてくださる。
「店内に三線と三線を弾く人がいるのは、自然なこと」
こういうさりげない雰囲気が漂っているのです。

驚くべきは、知念大工好きさんの娘さんです。
まだ9歳(10歳?)なのに、三板がとても上手です。
私の早弾きの民謡に、きちんと裏打ちのリズムで乗ってきてくれます。
決して「思い切りゆっくりに」に弾いていたわけではないのですが。
で、リズムがずれても修正して入りなおしてくれます。
「これ好きなの」と笑います。かわいいです。
将来が、たのしみですね。

そんなこんなで、店主の歌う「なりやまあやぐ」に
三線の伴奏をさせていただいたり
宮古や波照間島のお話をうかがったり。

さらに宮古出身のご夫婦がいらっしゃり、宮古島の話をうかがったりしました。
「綱引きのあとに東西で押し合いをするんだ。
で、このときには下から押し合うルールになっているんだよ。
上に乗っかったりしてはいけないのに、若いやつは上に乗りたがる。
これをカッコいいと思っているんだよ。
オレもやったさ。でもね、あとから先輩に思いっきり殴られるんだよ」
と笑います。

「俺らが若い頃の宮古では、おはようもこんばんはも無かった。」
これには驚きました。
え??宮古島は挨拶の言葉が無いのか??
「ンザンカイガ?(どこ行くの?)」「まいへ(前へ)」
昼夜の関係なく、方言でのこのやり取りが挨拶代わりだったと
このご夫婦は教えてくれました。

こんなふうに、唄三線をさせて頂き
美味しいお酒と料理と、島々のお話を聞かせていただいたりと
結局夜の8時から夜中の1時まで。
ずいぶんと楽しい思いをさせていただきました。

「とぅばらま家」の皆さんと昨日いらしていたお客さん。
どうもありがとうございました。
また、お邪魔させていただきます。

みかけはゴツくていかついけれど、笑顔とジョークが最高のマスターと
優しい息子さんのお店。雰囲気も最高です。
お客さんも、皆さん素敵です。
こんなに近所に、こんなに素敵な場所があったとは。
「灯台もと暗し」とはこのことです。

昨日は「昼間公園唄三線・夜はとぅばらま家で唄三線と飲み」
と三線三昧で遊んでしまいました。

「張水ぬクイチャー」や八重山の唄ももっと勉強しておくんだった!!
また、唄三線でやりたいことが増えてきました。
楽しみです。

「とぅばらま家」のHP
by niraikanai76 | 2006-03-28 13:29 | 唄三線

公園唄三線 3月27日

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私のホームグラウンドの公園は
私の実家から歩いて2分。ほとんど「家の真裏」という感じです。
写真は公園内の案内図です。
米軍基地の返還跡地に造成されたため、なかなか広大です。

この公園は、毎年の花見客も多いのですが
どうやら桜はまだまだのようでした。
所沢は、今の時点で「桜は見ごろ」の都内に比べて少し寒いのです。
それでも、控えめに咲いている桜の近くには
多くの人が。
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この桜の近辺で「唄三線を…」というのは、今日はやめにしておきました。
花見。というよりは、家族連れで憩いの時間を過ごされている方が多かったからです。
下手すると、唄三線が騒音になりかねません。

人の少ない場所を選んで、唄三線を始めました。
いつもと違う場所なので、ちょっと落ち着きませんでしたが
それでも30分ほどですぐに慣れます。

年配の女性が声を掛けてくださいました。
「良い音色ですねぇ。」

「ありがとうございます。沖縄音楽、お好きですか?」

「えぇ。沖縄には好きで良く行くんですよ。
その度に、三線って良いなぁ。と思うんだけど
楽器なんてやったこと無いから、なかなか踏み出せなくて。」

「三線は、たぶん簡単な楽器ですよ。
きっと弾けるようになるはずです。こういう本もありますから」
と「はじめての三線」を見ていただきました。

「良かったら、触って弾いてみませんか?」
女性に提案です。
「え!?良いんですか? でも壊れたりしたら…」
「いや。そんな簡単には壊れません。大丈夫です。」

と、ここで三線講座になってしまいました。
が、曲ではなく沖縄音階を弾いて頂きました。
女性もお喜びで、私も嬉しい。
息子さんがギターをやられているそうなので
運指などは、教えてもらえるでしょう。
で、「安里屋ゆんたお願いします」などとリクエストまで頂き
女性と一緒に歌わせてもらいました。

一緒に歌ってくださるのが女性ですから
今のままのチンダミですと、高すぎます。
チンダミを、この女性の声に合わせます。
私のへたくそな演奏でも、喜んでくださる。ありがたい。
この女性が、三線を始めてくれたら嬉しいです。

「いつもここにいらっしゃいますか?」
「はい。場所は違うかもしれませんが、休日には冬以外ならば
公園内のどこかにいると思います。必ずしも土日ではありませんが。」
「また、お邪魔するかもしれません」
「はい。いつでもどうぞ」
と、女性はここでお別れです。
また、練習に戻ります。

と、寒くなってきたなぁ。などと感じ始めた
午後2時半。
遠巻きに一人の青年が、私の方を見ています。
「う~ん。気になる。…気になるぞ。」
つかつかと、私の前まで歩いてきます。
「なんだなんだ??」

「あの~、その楽器。三線ですよね。」
「そうですけど。」
「実は、美術の学校を目指していて
絵を描いているのですが、その三線、
デッサンさせていただいてもよろしいですか?」

驚きました。
私も長く外三線をしていますが
「沖縄の唄を聞かせてくれ」
と言われたことはあっても
「三線の絵を、描かせてくれ」
と言われたことは、これが初めてです。

聞けば、近所にある高校の生徒さん。
こうして公園に通い、動植物や楽器や人や物のデッサンをしている。
とのことでした。
私は「嫌だ!」とは言わず、彼に三線をデッサンしてもらいました。
この公園は、私の唄三線以外にも管楽器や太鼓、声楽や演劇の練習
もちろん絵を描いている人も多くいます。
公園内で、芸術の勉強をする人たちは助け合う。暗黙のルールです。

デッサン中の、高校生です。
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三線の前で、約20分。
デッサンが出来上がりました。
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出来上がったデッサンを見て
彼は私にこういいました。
「楽器のデッサンは、曲線と直線の勉強になるのです。
この三線は、申し訳ないのですがあまり上手く描けませんでした。
胴の曲線が難しいです。今回は四角くなりすぎて、
普通の三味線のようになってしまいました。」

やはり絵を描く人の「モノを見る目」は違います。
普通の人は「三線と邦楽の三味線では、胴の形が違う」
というところまでは見ていないと思います。

絵を描くことが大の苦手な私から見れば
充分良く描けていると思います。
蛇皮の模様なども、ニュアンスが上手く出ています。
これからも、色んな物をどんどん描いて楽しんで欲しいです。
なるほど。そうか、曲線と直線。
これは三線作りでも、よく言われているよなぁ。などと感心。

でも、自分の楽器がこうして若い人の勉強に役立つのなら
これはこれで嬉しい。

と、高校生と話していると
先ほどまでの晴天が嘘のように曇りはじめ
風も出てきました。
午後12時から始めた外三線も、
約3時間で終了となりました。

今回は、時間内全てを練習に打ち込むことが出来ませんでしたが
三線を介して、2名の方と楽しませていただいたので
これはこれで満足です。

夜桜唄三線には、まだまだ早いかなぁ。
と思いながら、自転車をこいで帰りました。
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<本日の練習曲>
・鷲ぬ鳥節 ・伊計離り節 ・ヒンスー尾類小 ・海ぬちんぼぅら~赤山節
・時代の流れ ・ハリクヤマク ・嘉手久 ・いちゅび小節 
・仲順流れ ・安里屋ゆんた ・三村踊り節
by niraikanai76 | 2006-03-27 16:28 | 唄三線

好きと嫌いは紙一重

夫婦の話題ではありませんので(笑)。

あなたのお好きな曲は何ですか?

高校時代、私は吹奏楽部に所属していました。
パートは「アルトサックス」でした。
高校の吹奏楽には「コンクール」というものがあります。
これは、沖縄民謡や古典の「コンクール」とは一味違います。
なんといっても、「優劣」をはっきり決められてしまいます。
金銀胴。という各賞があり、県大会や全国大会に行けるかどうかを
多くの学校は、争うわけです。
高校野球の予選に近い。と考えていただければ、分りやすいかもしれません。
部門にもよりますが、課題曲もありましたし自由曲だけでよい。という場合もありました。

1994年夏。
私は高校3年生でした。
この年で、私の吹奏楽部での現役生活も終わりです。
この年の我が校吹奏楽部は
「創立以来、初の受賞」
を目標にしていました。

コンクールの地区予選でも「金賞」を受賞した学校のみが
「県大会」に進めます。その県大会の中でも、さらに「金賞」ですと
全国大会にいけます。全国大会で「金賞」というのは、とても難しいことなのです。

とりあえず、この年は部員全員で「県大会出場」という目標を掲げました。
全国大会には及びませんが、一度も地区予選で受賞したことの無い学校が
「県大会」に出場するのは、大変なことです。

部員全員で決めた自由曲は
「アパラチアン序曲」
という曲でした。

この夏の事は、今でもはっきり覚えています。
誰が言い出したわけでもなく、部員全員
始発の電車で学校に行き、終電車近くまで練習。
それも「アパラチアン序曲」という曲ばかり練習です。
日中の「合奏」の時間など、顧問からどんどんダメだし。
さらにそれを夜の自主練習で手直しの練習。

毎日毎日「アパラチアン序曲」の繰り返し。
これが春先から、夏の間。ずっと続きました。
部員はCDウォークマン(当時はMDはありませんでした。)
で、これまた毎日「アパラチアン序曲」を聴いていました。

そのうち、部員からはこんな声が聞えてきました。
「もう、楽譜は見ないでも吹ける」
「音楽を聴くというと、アパラチアン。音楽=アパラチアン。ですよ」
「アパラチアンばかりで、辛い。精神的に。たまには違う曲も吹きたい」

沖縄民謡の「工工四を見なくても。三線が弾ける」
というのと、吹奏楽でいう「楽譜を見なくても、吹ける」というのは
ものすごく違いがあります。曲も長いですし、指示記号も多いのです。
吹奏楽で「暗譜」というのは、すごいことです。

こんな風にして、1993年の夏は過ぎ去りました。
結果は、地区予選「銅賞」。でした。
惜しくも、県大会には行けませんでしたが、
受賞歴の全く無い学校にしては、たいしたものだと今でも自画自賛できます。

部員は最初、みんなで「アパラチアン序曲」にしよう。と決めました。
皆の、大好きな曲でした。
でも、毎日毎日練習するうちに
「何だか、アパラチアンが嫌になってきた」
みたいな雰囲気もありました。
無理もありません。日々、朝から晩まで「アパラチアン序曲」です。
いくら好きでも、みんなこの曲を嫌いになってしまうのではないか。
というくらいに部員全員が密着していた曲です。
「もう、おなかいっぱい」という感じです。

…そんな高校時代も終わり、そして今。
ためしにサックスを出して吹いてみましたが
楽譜を見なくても「アパラチアン序曲」が吹けます。
あの懐かしい「コンクールの夏」から11年。
あんなに何度も練習したこの曲は、今でも体が覚えています。
そして、悪友とのことや当時はまだかわいかった嫁さんの事。
そのほかにも合宿の楽しい思い出が、心の中に
どんどん蘇ってきます。

今までの音楽人生で
この時ほどひとつの曲を練習したことなど、無いでしょう。
好きな曲も、嫌いになりかねないくらいの「練習」。
本番の舞台では、皆がほとんど「暗譜」の状態。
コンクールですから、それは真剣なのですが
私は「皆と、音を合わせている」という快感に
身を委ねていたことを、今でも覚えています。
この「音を合わせる快感に身を委ねる」というのは
ちょっとやそっと練習したくらいでは、味わえません。

「皆が暗譜するくらいに練習した」からこそ、味わえたのだと思います。
私はこの後、JAZZに転向していくのですが
この時の経験が、大きく役立っています。

今でも、この時の部員全員が集まれば
すぐに「アパラチアン序曲」が出来ると信じています。

好きな曲でも、嫌いになりかねないくらいの練習とはどういうものか。
楽しむためには、苦しまねばならない。
好きなものでも、嫌いになるかもしれない。でも、結果もっと好きになるかもしれない。
そんなことを、しらないうちに勉強していたのだなぁ。
と思いながら、記事を書きました。

そして今…私の沖縄民謡を練習する姿勢は、当時の私にはとうていかないません。
「そんないい加減に練習して!!」当時の自分や部員に怒られそうです。
でも、いいんです。社会人ですし、長いスパンで考えてますから。
でも「ひとつの曲を、極めてみたい」という当時の部員全員の姿勢は
今の私も見習うべき姿勢です。
三線の音が、嫌いになっちゃうでしょうか。
いや、殻を破ってもっと好きになるであろうことはもう分っているんですが…。
by niraikanai76 | 2006-03-26 22:47 | 三線独学のススメ

さんしん隊

リンクを強化しております。

今日は大坂の「朱鷺さん」のサイトです。
その名も「さんしん隊」。
サイトを拝見させていただくと
様々なところで唄三線・エイサーと
ご活躍されていらっしゃることが、よく分ります。

私は遠いので、なかなか
「ちょいと拝見」とはいかないのですが…。
もちろん、機会があればぜひとも公演の様子を拝見させていただきたいと思います。
by niraikanai76 | 2006-03-26 00:34 | ひとりゆんたく